2019/03/02

アルビノ 後編 / 大友 青

 ミリルを出産後、すぐに【植物刑】の説明を受けた。なんでも遺伝子組み換え技術を利用し、新たな人種をつくるのだと言う。人の血肉を肥料に、通常の樹木以上に大量の光合成を行うことができるらしい。その寿命は二百五十年。各エリアに【樹人地区】という特区をつくり、その敷地内に隙間なく樹人が植えられる。そして、そのまま一生を過ごすことになるようだ。

 それから一ヶ月後、私は晴れて樹人第一号となった。犯罪者に施行される前とあって、世界中が私に注目した。メディアもたくさん私を取材した。インタビュアーはすべてロボットだった。【出産罪】がどれだけ愚策か、一生懸命に訴えかけても、目の前にいるのは感情を持たないロボットなのだ。虚しくて心が折れそうだった。しかし、インターネットで配信されれば、少なからず人類の心に響くものがあるかもしれない。その思いで、ひたすらに想いを語った。だがそれも徒労に終わった。人々は私に中指を立てた。クレイジーだ、と罵った。それでも私は自分を強く持った。我が子のためにも、世界に屈することだけはしたくなかった。

 ミリルに父親はいない。それ以前に、私はセックスをしたことがない。生命を育むことに興味を持ち、考えた末に人工授精したのだ。母は反対するどころか、孫の顔が見れると喜んだ。精神異常者の私に子供ができるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

 そんなときに、降って湧いたのが【出産罪】だ。私よりも、母が酷く取り乱したのが印象に残っている。母が初めて世界に愚痴をこぼしたのは、このときだったのではないだろうか。

〈あと一年早ければ……〉

 口を開けば、そう言っていた。母は、私が堕ろすと思っていたらしい。それもそうだろう。それが人類の思想なのだから。

 産むことを伝えたとき、母は一筋の涙を流した。それは私を非難する涙ではなかった。母だからこそ、生命を育む素晴らしさを知っているのだろう。何度も頷き、あなたが決めたのだから、とお腹をさすってくれた。母は最後まで、私の味方だったのだ。

 母と会える最後の日。母は【ハッピーバースデートゥーユー】を歌った。涙を流しながら。それは、皮肉でもなんでもないのだ。私だけがそれを理解している。

 母は、母として、子の新たな誕生、、、、、を祝ったのだ。ただそれだけなのだ。

 私は、母として、ミリルに何を与えてやることができたのだろうか。時折、そんなことを考える。私は彼女を産んだだけだ。私は彼女を一目見ただけだ。私は彼女を一度この手に抱いただけだ。私は彼女に名前をつけただけだ。私は……ただ、それだけの存在であり、彼女にとって何者でもないのだ。それが猛烈に悔しくて、この身を掻きむしりたくなるが、両の手はぴくりとも動かない。

 ねえ、ミリル。あなたは、母から、、、何を与えてもらった?

 

 結局、【出産罪】は僅か三年で廃止された。新しい生命が誕生しないことで少子化が危惧されたのだ。マルウェスからその話を聞いたときは、それ見たことか、と悪態をついた。樹人になってでも子を産みたいと言う人間など、私しかいなかったのだ。

 マルウェスが口を濁したのは、【植物刑】に関しては今後も継続されるということだった。樹人の光合成は想像していた以上に効果が薄かったらしい。しかし、微々たる効果を得られるのであれば、と継続の意向となった。それを聞いても悲観することはなかった。そもそも、人間に戻ることは不可能だろう。樹人になった瞬間から、元の世界に戻ることなど諦めているし、戻りたいとも思わない。かといって、【樹人地区】が好きか、と聞かれれば、そうでもないのだけれど。

 私が樹人になって七十年。年々地球の気温は上昇し、酸素欠乏症を引き起こす人が相次いだ。そのまま帰らぬ人になった者も多いと聞いた。

「今って総人口は何人くらいなの?」

「約二百八十億人です」

「減るより増える速度のほうが早いんだね」

 マルウェスは少しだけ皮肉めいた口調で言った。

「母数が圧倒的に多いので。酸素欠乏症も、ふつうの生活をしている限りは、なりえませんしね」

「それもそうか」

 マルウェスが、何かを思い出したかのように口を開いた。

「そう言えば、政府が新たな愚策を考案したそうですよ」

 私は含み笑いで訊ねた。

「どんなもの?」

 マルウェスは、じっと私を見つめる。その瞳から、私を楽しませようとしているのが窺えた。どんな凶器が飛んできても絶対に笑わない。笑ってやらない。私は奥歯をぐっと噛みしめた。

「地球にエアコンをつけるそうです」

「ぶは」

 私の覚悟は簡単に崩壊し、笑い声をあげた。

「地球の周りをエアコンで覆いつくして、熱を宇宙に逃がし、快適な地球をつくるそうです」

「お腹痛いから、ちょっとやめてよ」

 マルウェスは、きっと朝からこの話をしようと思っていたに違いない。彼女は、べらべらと軽快に舌を回した。

「まったく、人間というものは愚かです。マザーも人工知能たちには陰口言っていますからね」

「じゃあさ、おめでたいこの世界を祝って歌を歌おうよ」

「歌ですか?」

「新世界の誕生の歌だよ」

 マルウェスは、一秒停止したあとに頷いた。

「データダウンロード完了しました」

「せーの」

 私たちは声高らかに歌った。

 

 ――Happy Birthday to you.

 

アルビノ 了――

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