パラダイム・ロスト 第五回 / 大友 青

 五年前、僕が二五歳の時だ。

 今の仕事について三年が経ち、プログラマーの過酷な業務は僕を簡単に壊してしまった。

 始発で出勤し、終電で帰宅する毎日。休日出勤は当たり前。三年目となると後輩の世話をしながら、先輩や上司の指示が強くなる時期という事もあった。

 発散する事のできないストレスは、僕のキャパシティを超えて、精神を破壊した。

 無断で欠勤し、これまで行ったこともなかったパチンコ屋に入り浸った。タバコは一日に四箱も吸うようになった。パチンコ屋に来ていた他の客と一日に三度は喧嘩をした。どれもわざわざ僕から文句を言いにいった。

 僕を探しに来た先輩を殴った。

 理由はスーツ姿が鼻についたから、だった。

 だが、その先輩は僕が殴った事も、僕の実状も会社には報告しなかった。そして僕に心療内科の受診を勧めたのだ。

 最初は相手にしていなかった。だが、僕は気がついていた。僕という人間が狂ってしまっている事に。

 二日後、僕は勧められた病院の扉を開いていた。

 僕は鬱だった。カウンセリングは二日に一度、一ヶ月も続くという。そんなに大げさな話なのか、とか、流石に一ヶ月も会社を休むのは、とか、無断欠勤していたにも関わらず、そんな焦りが僕を襲った。

 仕事の事は先輩がいいようにしてくれたらしい。そのおかげで今も僕は同じ会社で働いていられるのだから、この先輩には頭があがらない。今となっては、その先輩も精神を壊して入院しているのだが。

 その病院で僕はユウと出会った。

 待合いで話しかけてくれたのはユウだった。

「よくお会いしますね」

 今考えると心療内科の待合いでの一言にしては気味が悪いのだが、話し相手も居なかった僕は言葉を返した。

「お元気そうですね」

 皮肉にとられそうな一言だったにも関わらず、彼女は吹き出し、笑い声をあげた。看護師さんの目が痛かったのを憶えている。

 ただ、本当にユウは元気そうに見えたのだ。精神が病んでいるような表情ではなかった。

 今思えば、彼女はこの時、殺人欲についてカウンセリングを受けていたのかもしれない。

 それから僕らは病院で会う度に話をするようになった。お互いの職業や、趣味、普段何をしているのか、など。他愛のない会話だったが、ユウと会話していると心が洗われるようだった。

 カウンセリングの先生と話すよりも、よっぽど効果があるように思えた。気がつけば、僕はカウンセリングに行くというよりも、ユウに会いに行っていたのだ。

 初めて食事に誘った時も、初めて手を繋いだ時も、初めてキスをした時も、初めてセックスをした時も、それからの五年も、今までずっと彼女は僕を包み込んでくれていたのだ。

 僕を救ってくれたのはユウであり、ユウは僕の全てであった。

 僕は現在進行形でユウに依存しきっているのだ。

 ユウが僕のどこを好いてくれているのか、本当のところはよくわからない。それでもたまらなく愛情を注いでくれたから、僕の心は救われた。

 僕には彼女が必要だったし、これからも必要なのだと断言ができる。

 故に悩んだ。

 警察に通報するべきか、警察に自首させるべきか、何も触れずに去るべきか、それともこれからも一緒に居続けるべきか。

 いくら悩んでも、考えても、堂々巡りするだけで答えは出なかった。

 

第六回に続く(2019年3月21日公開予定)

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