『ベトナムで会いたいね』 / 深水千世

 

 彼の名前を久しぶりに見つけたのは、たまりにたまったメールを整理しているときだった。

 懐かしさのあまり、六年前のメールを開く。

遠く離れた故郷に帰る彼との別れを惜しむ内容だった。いかに自分が彼を愛していたか、いかにこの愛が続くかを綴ったもので、幼稚だが失って久しい熱情と勢い、そして哀れな健気さに溢れている。

 

 彼と離れてから何人かと付き合ったけれど、結婚には至らなかった。彼への熱量には勝らなかった。

 それでもよいと考えていた。一人の暮らしは気ままで自由だ。それなのに時々、特に昔のメールを整理するほど時間を持て余す夜は、孤独に押しつぶされそうになる。孤独はひっそりと、だがしっかりと私に寄り添って離れない。普段は影を潜めていても、確かにいる。決して消えることのないただ一つの存在だ。

 それを忘れたくて、言葉を選びながらキーボードを叩いた。

『元気? 今、どうしてるの?』

 もう別れた人だ。六年もたっている。きっといい人ができているだろう。でも、よりを戻そうというわけではないし、近況をきくくらい許されるだろう。そう自分に言い聞かせて送信する。

 返事がきたのは、翌日だった。

『久しぶりだね』

 彼の穏やかな声が聞こえた気がした。

 今はもう結婚して子どもが二人いること、妻とは夫婦としてはさめきっているけれど子どものために一緒にいること、絵を描き始めたこと、酒と煙草をやめたことが書かれていた。

 幾日かメールのやりとりをするうち、彼は『ベトナムで会いたいね。海が見える場所でゆっくり君と話せたらいいのに』と伝えてきた。

「どうしてベトナムなの」と、思わず苦笑いする。

 そうだ、こういう突拍子もないことを言う人だった。

 小さな島の画像を見せてきて、「こういう島にコテージを建てて暮らしたい」と真顔で言ったこともある。いきなり「メキシコに旅をしたい」と言い出し、その場で飛行機の手配を始めたこともあった。

 そのたびに心の中では『どうして島なの』『どうして今なの』と思ったものの、口には出さなかった。

 たとえ答えをきいても理解できないだろう。いや、したくないのだ。そう悟っていた。

 彼が語る夢や願望の中に私の姿があったとしても、現実には居場所などないのだ。彼の背中にある翼は私より大きくて、共に飛んでいけないことはなんとなくわかっていた。無理してついていっても、きっと私は飛び続けることに挫けてしまう。そして足手まといに思われるのを屈辱に思うくらいにはプライドが高い。

 だから私はいつも『どうして』のかわりに『いいわね』と微笑んだ。

 あんなに一緒にいたいと願った人はいない。あんなに愛した人はいない。だから『あなたと一緒にそうできたらいいわね』『あなたの望みが叶うならいいわね』と言うしかなかった。

 ふと、二度目の苦笑いが漏れた。恋人や妻がいても、自分の情熱のままどこにだって飛んでいってしまうような人だったことも思い出したのだ。別れたときも、彼は故郷の家族と暮らすことを選んだ。私と家族になろうとはせずに。

 お互いの居住する街ではなく、まるで逃避するようにベトナムで会いたがること自体がズルい。全てを捨てる気はさらさらないくせに、繋がろうとするんだから。

 しかし、そもそも孤独を忘れたくて彼に連絡をとった私こそズルいのだから責められない。彼が返事をくれることはなんとなくわかっていた。

 私はきっと、この先何度も彼に会う。ただ、それはベトナムではない。彼の住む街でも、私の住む街でもない。時間に濾過されて残った綺麗な記憶の上澄みでだ。メールを整理しようと思うほど懐古と孤独の入り混じった夜に。

 私はゆっくりキーボードを叩き、メールの返事を書く。『どうして』ではなく『いいわね』と。

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